社団法人 箕面青年会議所2012年度(45周年)理事長所信

<社団法人箕面青年会議所2012年度(45周年)所信

スローガン

「めっちゃおもろいやん箕面!~JCが箕面を元気にする~」

2012年度 社団法人箕面青年会議所

理事長予定者 古崎昭博

 

 

はじめに

昨年度3月11日に発生した東日本大震災において被災されお亡くなりになられた多くの方々に対して哀悼の意を表したいと思います。地震には慣れている国民性もあり、大きな揺れにも比較的落ち着いて報道を見ていたのを覚えています。建物は耐震化が進み、海岸沿いには大きな防波堤を築き、避難訓練も行っており、これ程大きな被害が及ぶとは誰が予想できたでしょうか。その後の大津波による沿岸部の壊滅的な被害、福島原子力発電所の冷却装置の故障に伴う水素爆発、放射能汚染とこれ以上無い災害が日本を襲いました。命を失った方の中には私たちと共に活動をしてきた青年会議所メンバーもいました。そんな状況の中私たちは公益社団法人日本青年会議所を中心として独自の被災地支援活動を行いました。全国の青年会議所のネットワークを生かして情報の発信、義捐金の募金活動、支援物資の集約・運搬、被災地への組織的なボランティア活動と限られた中で今できることを必死に行いました。1995年の阪神大震災当時を経験した箕面青年会議所の先輩から多くのアドバイスもいただきました。自身が被災者でありながら被災者同士が他人を助け合う必要性、全国からの多くの支援に助けられた事実を教えていただきました。あまりにも甚大な被害を前に私たちが行う支援が本当に役に立つことなのかどうかさえわからなかったからです。箕面青年会議所は「チャリティーブレスの販売」、「応援メッセージカードを届ける活動」、「街頭募金活動」、「東北楽天ゴールデンイーグルスとの被災地青少年支援事業」、長期的な支援の必要性から「被災地支援募金型ゆずるくん自動販売機の設置」の事業を立ち上げました。近隣青年会議所もそれぞれ独自の支援事業を立ち上げるに至りました。前年度に策定する年計画とは異なる事業の推進には多くの苦悩もありました。

 

青年会議所の原点

 日本青年会議所綱領

「われわれJAYCEEは 社会的・国家的・国際的な責任を自覚し 志を同じうする者 相集い 力を合わせ 青年としての 英知と勇気と情熱をもって 明るい豊かな社会を築き上げよう」

 私たち箕面青年会議所の定款第3条

「(目的):この法人は、地域社会における政治・経済・社会文化等に関する諸問題を調査研究し、国内諸団体と協力して、日本経済の正しい発展を図るとともに、会員の連携と指導力の啓発に努め国際青年会議所機構を通じ、国際的理解および親善を助長し、世界の繁栄と平和に寄与することを目的とする。」

 上記2項目が私たちの運動の原点です。広い視野に立ち、今なすべきことが何であるかということを常に考えながら行動し、助け合う気持ちこそが私たちにとって最も大事なことであると感じています。私たちはそれぞれが個人です。ただ、一人では到底生きていけません。家族の支えがあり、友人がいて、学校があり、地元があり、会社があり、市、府、国、世界があって初めて自身が生かされていることに感謝しなければなりません。

 現在の日本は、失われた20年と言われる長期の景気の低迷、財政赤字、様々な国内問題に加え、大震災と原発事故が加わったわが国を、海外には「日本はこの危機を乗り切れない」と予測する国もあります。しかし、過去幾度となく私たちの先祖が苦難を乗り越えて今の日本を作り上げてきた事実を忘れてはなりません。時代を作り上げてきたのはまさしく我々青年世代なのです。

 

今、私たちに求められていること

 このような状況の中で私たちが大切にしなければいけない事は相手を敬う「学ぶ姿勢」であると感じます。世界第2位の経済大国であったアジアの中での先進国であるというプライドを捨てる勇気が必要であると感じます。青年会議所活動を通じて多くの海外の青年会議所メンバーと交流する機会をいただきました。姉妹関係にある香港のメンバーを中心としてシンガポール、マカオ、韓国、フィリピンのメンバーと特に深い交流をする機会をいただき友情を深めることができました。ASPACというアジア大会に参加することで多くの国の情勢を知ることができました。そこで感じることはやはり言葉の壁とビジネスのグローバル化です。多くの国では2ヶ国語、3ヶ国語を話すことは当たり前であり、ビジネスの取引先が海外であるということがごく当たり前の中で生活をしているということです。特に土地や資源が少ない国であるほどそれは顕著に現れています。子供のころから外国人と交流することが日常化している人たちにとってビジネスの相手が海外であるという垣根はほとんど無いように見られます。アジア各国では日本を抜きにした経済活動が本当に活発に行われているのです。日本でも多くの大手企業が海外に進出し、世界にJAPANブランドを作り上げてきました。しかし、それは一部の大手企業特に製造業に限られたことであり、中小企業は主に国内を中心に経済活動を行っています。今後人口減少、少子高齢化社会をむかえ土地や資源が少ない日本は海外に活路を見出さなければならない時代に来ています。そこで大事になってくる事は海外から「学ぶ姿勢」であると思います。マスコミやインターネットでは日本の技術や精神性がまだまだ世界で通用することを明るいニュースとして強調しています。明治時代プライドを捨て、ちょんまげを切り積極的に西洋文化を取り入れ今の日本を作り上げた気概を再び持つ心構えが必要であると思います。箕面に住む私たちにとっても日本という誇り、箕面という誇り、自分自身という誇りを忘れるということではなく、良いものは積極的に取り入れる姿勢が何より大切であり、今本当に私たちに求められていることが何であるかということを十分に理解してすぐに行動に移すことが何より大切です。

 

自分自身の青年会議所運動の原点

 私は1973年箕面にて生を受け、以降箕面に住み、箕面で育ちました。小さいころは体が弱く両親には大変心配をかけましたが、その分兄弟の中でも親への依存度が高かったように思います。大学は岡山へ行きましたが、無意識のうちに箕面に戻ってくるという気持ちが強かったように思います。生まれ育った箕面の地を忘れることはできず、就職で大阪へ戻ってきました。自営業という父の仕事を手伝うようになったのは27歳の時でした。私は子供のころスポーツにおいて団体競技が苦手でした。自分が一生懸命練習して上達しても他のチームメイトも上達しなければ試合に勝てないからです。自然と個人競技の道へと進みました。勝つのも負けるのも自分次第だからです。これは父の仕事を手伝うようになった理由のひとつでもあります。自分のために必死にがんばれる仕事がしたかったのです。入社から半年、箕面青年会議所へ入会しました。私自身の個人的なネットワークが無かったため今後の仕事を考える上で必要と感じたからです。しかし、青年会議所に馴染むことが難しかったのを覚えています。自分自身のために入会したにもかかわらず自身への入会の見返りが実感としてなく、他人のため、まちのためにと活動する多くの青年会議所の事業へは積極的に参加できませんでした。最低限のこととして出席したときにはできるだけ一生懸命取り組むようにすることで精一杯でした。また、自身の努力次第でなんとかなると思っていた自営業でしたが現実は甘くありませんでした。いつまで経っても会社の仕事を遂行するだけの立場であり、独りよがりで出来るような仕事など無く、仕事をする上で人とのコミュニケーション、他の人と協力しながら一つの仕事を遂行していかなければならず、以前にも増してチームプレーの重要性が求められるものでした。結婚を迎えて尚一層その不安は深まりました。そのころ入会後、ずっと敬遠してきた青年会議所で委員長という立場になりました。箕面まつりの20周年記念事業として薪能を芦原公園で前夜祭としておこなうことなりその準備・運営を箕面青年会議所が担い、その担当者の役割をおこないました。幸いなことに人にも、天候にも恵まれ大成功に終わりました。多くの人に助けていただきましたし、その恩は忘れることのできない事として頭の中に残り、苦労を分かち合った人同士の結びつきが強いということを実感しました。自分自身を理解し認めてもらえたような気がいたしました。他人のために何かをすることがとても心地よいものであるというとを感じたのかもしれません。その後、何事においても興味を持って積極的に取り組むように心がけるようにすることで多くのことが楽しくなることに気づき、同時に仕事も忙しくなってきました。自身の会社における仕事が当然最優先ですので、空いた時間を使っての活動でしたので苦労の連続でした。青年会議所には「奉仕」「修練」「友情」という三信条があります。まちや他人への「奉仕」を行う中で自身の「修練」につながり、その結果「友情」を深め合うという意味です。気がつけば箕面だけではなく池田市、豊中市、吹田市、茨木市など近隣はもちろん日本全国、世界に他人のために行動することが出来る友人が沢山できました。そして「自分自身のために、他人のために活動すること」が私の青年会議所における活動の原動力となり、財産となりました。そして全ての青年会議所運動・活動において常に自問自答していることは「これはおもしろいのか?まちのためになっているのか?」です。自身が物事に取り組む際、おもしろい事に対しては自然と積極的になれますし、おもしろくなければ全く力が湧いてきません。役割を担うことになった場合はしっかりと自問自答し、役割の意味と、何故その役割を与えられたのか考え自分なりの答えを見つけ出すことが何より大切です。与えられたことを与えられたまま実践することには何の意味も無いのです。そして誰もが予想もしていないような素晴らしい結果を自ら導き出すことが、更に新たな素晴らしい発想へと繋がっていくのです。この考え方は(社)箕面青年会議所会員だけではなく、他団体との交流においても実践し広めてまいります。多くの人がこの考え方を共有し実践してもらうことで「めっちゃおもろいやん箕面!~JCが箕面を元気にする~」が実現するのです。私は一年間このスローガンの元、「めっちゃおもろい一年」にしてまいります。

 

(社)箕面青年会議所の役割

 1967年箕面青年会議所は誕生いたしました。本年度、45周年を迎えるにあたり改めてその足跡を見つめなおしました。「明るい豊かなまちづくり」を目指す精神は誕生より現在に至るまで変わっていません。箕面青年会議所は様々な「まちづくり」への取り組みをおこなってきました。創設時代においては戦後から復興し高度経済成長の中、東京オリンピックの開催、吹田での日本万国博覧会(大阪万博)に反映されるように日本・大阪・箕面という国を世界へ大きく発信する国際交流事業、特にアジアとの交流を積極的に行ってきました。1970年代では更に、将来を担う青少年に対する事業及び会員自身の研修を中心に実施してきました。1980年代においては箕面まつり創設時の運営企画に参画したのをはじめとする箕面を象徴する大きな事業を創出、企画、参画してまいりました。1990年代には箕面の歴史、箕面の魅力を発信する箕面のまちおこし事業、箕面に住んでいる外国人との国際交流事業を中心に展開してまいりました。2000年代では、それまでの青少年育成事業を集約した「箕面ジュニアアカデミー」を展開し、親子のコミュニケーションの大切さを感じてもらうために親も参加してもらえる事業を多く展開してまいりました。私自身は箕面で生まれ育ってきましたので、特に1980年代の事業においてこれらの事業を体験し、大きな印象として残っていることから、改めてこの事業の大切さと責任を感じています。本年度も次代のためにも着実に箕面の歩を進めてまいります。

「まちづくり」の専門家は国であり府であり市役所です。民主主義に則り選挙によって国会議員に始まる各種議員、府や市ではその長を選挙で選んでいます。彼らは身を挺して国やまちのために尽くしてくれています。しかし私たちは彼らに任せておくだけで良いのでしょうか。与党と野党の覇権争い、議会の空転とそれぞれの立場を守るための争いに巻き込まれてはいないでしょうか。真に国民のために政治が行われているかを確認していくことがとても重要であります。また、行政では出来ないことが沢山あることも事実です。現に多くのNPO団体による活動によって今の社会が成り立っている現実があります。私たちが行う「まちづくり事業」とは一体何なのでしょうか。その前にまず、青年会議所の最大の魅力は「自分たちの信じることを企画・立案しそれを実行することが出来る完全自己完結型」の団体であるという点です。40歳で卒業することから常に世代が若返り、20代、30代の青年によって完全運営され、新しい社会情勢に非常に敏感です。また、企業経営者が多いことから様々な取り組みに対して経済的な観点での視点を併せ持っていると言えます。何より青年会議所では会社では得られない「青年の学び舎」としての役割を担っており、その成果は青年会議所卒業後の多くの先輩の活躍が物語っています。現在(社)箕面青年会議所では「市長選挙公開討論会」「箕面まつりの運営(出向)」「青少年健全育成事業」「国際交流事業」「会員研修事業」を通じて箕面のまちに対する取り組みを行い、継続的に会員の研修を実施し、45周年という節目の年に、これらを整理し、より力強く、より明確に推進してまいります。行政の手の届かないところや、新しい発想の実践こそが(社)箕面青年会議所に与えられた使命なのです。

人と人との出会いから全てが始まる

 具体的にはまず、45周年を迎えるにあたり本年度中に現在の会員数を50名に増やします。50周年に向けては100名の会員数を目指します。箕面の未来のためには志を高く持ったリーダーの輩出が何よりも大切であると確信するからです。常に新しい考え方を持った人材がその役割を担い組織を活性化させ、青年会議所で行う様々な研修プログラムや実際に事業を作り出すプロセスは他の団体では決して経験することができません。素晴らしい人材と固く結ばれた友情によってまちのコミュニティーはより活性化され、箕面はより素晴らしいまちへと変貌をとげていくことは間違いありません。一人でも多くのメンバーと青年会議所運動・活動を行ってまいります。

創立45周年を迎え50周年に向けての船出~創立45周年記念事業~

青年会議所では5年ごとにその活動指針を見直し、時代に沿った会としてのあるべき姿を見つめなおします。本年度はその見直しの時期であり50周年に向けての活動指針を改め作成いたしましたので是非、ご覧いただきたく思います。本何度はこの活動指針に則って50周年に向けての船出の年となります。そして今年は「めっちゃおもろいやん箕面!~JCが箕面を元気にする~」をスローガンに掲げ船出としての運動を展開してまいります。私たちは箕面を大好きに思う気持ちを育み、興味深くわくわくするようなまちを作っていきます。箕面市は現在人口13万人を超えました。他市に比べれば人口は決して多くない人数かもしれませんが、バブル崩壊後一時は人口が落ち込み、今再び増加しています。私たちは「明るい豊かなまちづくり」を目指して活動しております。様々な要因があると思いますが、人口が増えるということは箕面に住みたいと思ってくれる人がいてくれてはじめて増えることと思います。大手不動産会社の2011年「子育てが出来たら良いと思う街(関西圏)」アンケートでは5位に位置し、「住んでみたい街(関西圏)」アンケートでも上位に位置しており箕面市のイメージが子育て世代を中心に高いことが伺えます。交通の便がまだまだ良くなく車社会のこの箕面市に対してどこに魅力を感じてもらっているのでしょうか。私が感じるところでは、やはり明治の森箕面国定公園を含む自然と隣り合わせの環境であること。そして教育環境とまちづくり政策も大きな要因であると思います。そんな素晴らしい箕面をもっと盛り上げるために、私たちは箕面の魅力をより引き出し「めっちゃおもろいやん!箕面」を実現させるべく創立45周年記念事業として展開してまいります。

箕面市長選挙公開討論会

 2003年の衆議院議員総選挙以降日本でもマニフェスト(選挙公約)型の選挙が定着してきました。箕面では本年度、8月に任期満了を迎えての箕面市長選挙の年です。ちょうど4年前に私たちは、箕面市の首長を選挙で選ぶ際の判断基準となるマニフェストを提示していただき、それぞれの候補者のマニフェストを発表する機会を創出する場として「箕面市長選挙公開討論会」を実施いたしました。2年目の中間期にはマニフェストの進捗状況を検証する「箕面市長マニフェスト検証事業」を実施いたしました。そして本年度も候補者の方にご協力をいただき、「箕面市長選挙公開討論会」を実施いたします。マニフェストというと国政選挙においてはその認知度は高く選挙の際には提示することが定着しました。しかし、一概にマニフェストと言っても難しい側面も抱えていることがわかります。その実現性と多様性です。掲げたマニフェストを実行していくことは有権者との約束です。よってその実現性は極めて重要です。多様性については、多くの項目の中で有権者は各候補者が出す全てのマニフェスト項目に意見が一致するとは限りません。「この部分はこちらの候補者に賛成だがこの部分はこちらの候補者に賛成」といったことがあります。しかし、候補者を選挙で選ぶ中で自身が投票する際の大きな判断材料になることは間違いありません。また、人間性も大変重要な政治家としての資質のひとつでもあります。政治を執りおこなう中では、マニフェストに書かれている事以外にも多岐にわたり判断をしていかなければならないことがあります。その時その時で冷静に判断ができる人物であるのかその人間性についても知っておく必要があると思います。私たちは短い選挙期間の中で候補者についてより詳しく知ってもらえるための事業を企画、実施することをお約束いたします。そして箕面市民によって選ばれた箕面のリーダーがより明るい豊かな箕面を創っていってくれることを期待いたします。

箕面ジュニアアカデミー

 また、(社)箕面青年会議所は創始より青少年健全育成事業に取り組んでまいりました。明日の箕面を、明日の日本を背負ってたつ子供たちが元気で健やかに育ってもらうために、箕面を好きになってもらうための事業を展開してまいります。(社)箕面青年会議所は「箕面ジュニアアカデミー」と題し子どもたちを中心とした事業を行ってまいりました。学校では教えてくれないこと、他では経験できないこと、親子での気づき、(社)箕面青年会議所ならではの事業を提案し続けてまいります。実際に子育て世代である私たちは子育てをする上で様々なことに直面しております。その経験を直接事業に反映することで箕面のまちに新しい風をふきこみます。「子どもが元気なまちは必ず元気なまちになる」そう確信し事業を行ってまいります。

箕面青年会議所の活力の源は「元気」

 私自身が箕面青年会議所に入会して先輩から最初に教えていただいた事は「元気」でした。元々元気がない方では無く活発な方だと自負していましたが箕面青年会議所の先輩の元気には驚かされたのを今でも覚えています。笑顔で大きな声での挨拶と握手で全てが始まります。「こんばんは!古崎君。今日も来てくれてありがとう!」。壇上や会議での発言も堂々と胸をはり大きな声で自分自身の考えを主張されるのです。あまりの迫力に圧倒され何も言えずに黙って笑うだけの私に対して「君は特に元気が足りないな、何を考えているのかわからん。ちゃんと声が出るのか?一度叫んでみなさい」と言われ「わー」と叫び「なんだ出るじゃないか。自分の意見はしっかりと大きな声で言わないと相手に伝わらないぞ。元気が見えないとやる気がないと思われるぞ。元気を出すのは無料だ!無料だから使いたい放題だ。青年会議所だけじゃない、君の仕事においてもそうだぞ。」と言われたのを今でも覚えています。自分を馬鹿にされたような気がしてこの無駄とも思える元気を素直には聞くことが出来ませんでしたが、数年後その意味を痛切に実感することとなります。徐々に人前で声が出るようになった私は、自分の意見を取り入れてもらえることが多くなってきたように感じていました。箕面青年会議所内では年功序列的な扱われ方による意見の尊重とも考えられましたが、初めて会う人同士の会議でも同じ印象でした。印象の薄かった私が、いつの間にかしっかりと自分の意見を述べる印象深い人間になっていたのです。しかし、ここでいう元気に大きな声を出すということは、声の小さい人の意見を消してしまうという意味ではありません。「自分だけが正しいのではない」「相手の意見の中にこそこの問題を解決するヒントが隠されている」という考えを常に持ち、相手を受け入れることが重要です。また、ただ大きい声を出すだけでは意味がなく、物事に対して積極的に取り組む事で、誰より真剣に考え、自分の意見に自信がでるからこその事でもあります。箕面青年会議所の活力の源は「元気」です。「箕面青年会議所に入会してから彼は元気になったな」と言われるような団体でありつづけることをお約束いたします。そしてJCが箕面を元気にしていくことをお約束いたします。

 

最後に

 私たちは箕面青年会議所での運動・活動を通じて多くの人と交流をする機会をいただいてきました。45周年を迎えることができましたのもこれらの多くの人々の支えとご協力があってのことです。一人一人の小さな小石の一投が大きな波紋となり広がっていき、私たちの思いが多くの人々に対して影響を与えるということを自覚を持って取り組み実践してまいります。感謝の気持ちを大切にして50周年への一歩を踏み出してまいります。

 

「行動指針」

1. 会員拡大50名の達成

2.「元気の出る」定例会の実施

3.45周年記念事業の実施

              「めっちゃおもろいまち箕面」の実現事業

4.45周年記念式典の実施

5.45周年記念誌の作成

6.箕面市長選挙公開討論会の実施

7.青少年健全育成事業の実施

8.公益法人取得申請